ブレイブルー、マジック:ザ・ギャザリングを中心とした、対戦格闘ゲームやカードゲームに関するお話をするブログ。
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2023年9月19日火曜日

【コラム】鳴海ブレイブルー史 part7 ニコ動で投稿されはじめた頃 │ Narumi's BlazBlue History



本記事は、別ブログで掲載していた内容をリライトして投稿する内容になります。
ただのローカルゲーセン事情や鳴海の成長記録(?)を思い出語りしている回なので、ラグナ使いもしくはマニアックな格ゲープレイヤーな方のみご覧下さい。

全部ノンフィクションで書いていきますが、記憶違いがあるかもしれませんのでそれはそれで……。



新たなバージョンにて大会に挑むゼクス。
実力は間違いなく向上していたが、優勝するというのはそう簡単では無かった。



GAME41へ行くという行為も、半年以上通い詰めれば然程珍しくもなく、その頃になると知り合いのプレイヤーさんも増えていました。
前回までにお名前を出したメンツしかり、CT時代には現札幌電撃勢で知らない人は居ないであろう、キョージュさんとも話をするくらいには輪が広くなっていった頃。
別の回にて、ゲーセンはある種の実力別で別れてるなんて話がありましたが、スガイで実力が上がったお陰か、マキシムの上位プレイヤーから「スガイでめっちゃやってるヤバイ奴が居る」くらいには思っていてくれたそうです。
(※ちなみにこれは後日知り合ったゲーセン店員Mさんから聞いた話。)

そりゃディバイダーrcディバイダーrcディバイダーをするくらいの奴ですから、確かにヤバイと思われても仕方がない。

負ける人が徐々に減っていく中で、やはり味わいたいのは優勝。 あの日。ブレイブルー大会で優勝する夢を見た日。 それを現実にできるのではないか? ということが、着実に近くなりつつあるのを感じて居ました。

ですが、現実はそう簡単ではないものです。

実際に大会に出てみると、そりゃもう周りは強い人ばかり。
EVOがメジャーリーグだとするならば、ゲームセンターで毎回開催されているような大会というのは言わば草野球みたいなもの、という例えを耳にしたりします。そんな草野球ですらゼクスにとっては修羅地獄と同じ様な場所に等しかったのです。

事実として、世界で優勝するレベルの人たちだってそういうゲームセンターの環境で育ってきたわけですから、ゲーセンで開催される大会で優勝するという価値は非常に意義のあるものとして認識することはなんら不可思議なことではないのです。

「そんなこと言って、ゼクスさん(鳴海さん)は昔からめっちゃ強かったんじゃないすかぁ??」
って疑問に思われる方に、過去のゼクスがこんなもんだったよっていう動画がありますので、是非見てください。
「え、この人も居たの!?」という面々が居るので資料的な意味合いで希少な動画があります。


ご覧になってどうでしたか?この叩かれようですよ。
「今と変わらんやんけ!w」って意見と「ゼクスさんにもこういう時期があったんだなぁ」と思っていただけたかと。

そうなんです、こんなもんでした。
それでも9年近くやってたら、全国大会に出場できるようになるくらいには成長できたんで、諦めずやり続けるといいこともあるもんですよ。

この大会で動画が投稿された後、コメントであれこれ書かれていましたよね。
ゼクスはそれで落ち込むというより、「これが正しいということをいずれコメントした奴に証明してやる」と思ってやっていました。
その結果として今があるので、このコメントを書いてくれた人には感謝ですよね。それが原動力になったわけですから。

ちなみにこのCS時代の大会によって、KDBさん(別の大会で一回戦に当たり敗北。ゼクス、相当なショックを受ける)、ハルさん(実はテイガーを使っていた。今とこの頃じゃ雲泥の差があるくらい実力者になってしまった)、イカメンさん(言わずとしれた北海道蒼トッププレイヤー。この時はまだラグナ。アズラエルが出るまではずっとラグナだったのを皆さん御存知でしたか?)など、今の札幌BB界には不可欠な面々と出会うことになるわけです。
KDBさんに至っては初めて会話したのはKOF13稼働時期でしたけどね。(※当人は恐らく覚えていない)

CTから大会によく参加していましたが、結果が良くない日の方が基本的に多い。
その悔しさを噛み締め帰ったらネット対戦とトレモ。

これの繰り返しです。
ですが、人によって成長スピードというのは違うもの。

気づけば師匠はさらなる高みへと登っていたのを、この時のゼクスは知りませんでした。



次回、CSブラッドカイン編。見逃すな。



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